太田の核心質問はこれです。
> 「もし(公約が)できなかった場合、高市総理はどうやって責任を取るんでしょうか?」
これは一見もっともらしいですが、論理的には「負荷質問(loaded question)」です。
「できなかった場合」という仮定を、相手が認めていない段階で前提化
答えた瞬間に
①「失敗の可能性を認めた」
②「責任問題が発生することを認めた」
のどちらかを含意してしまう
つまり
👉 答えた時点で“負け筋”が確定する質問。
高市側から見ると、
「できなかった場合」を認めれば → 公約の実現性に疑義
否定すれば → 責任の所在を語らない政治家 というレッテル
どちらに転んでも不利という、典型的な引っ掛けです。
<ネットでの反応>
②「責任」という曖昧語を使った意味の滑走(Equivocation)
太田は「責任」をこう使っています。
> 「日本の政治家は責任の所在があやふや」
ここでの「責任」は、
* 辞任なのか
* 政策修正なのか
* 説明責任なのか
* 次の選挙での審判なのか
一切定義されていません。
そのため高市がもし答えると、
後から
「それは責任とは言えない」
「辞めるとは言ってないじゃないか」
と再解釈・追撃が可能になります。
👉 言葉を曖昧にしたまま言質だけ取ろうとする手法で、
これは詭弁術ではかなり古典的です。
③「一般論 → 個人への強制適用」という飛躍
太田はこう前置きします。
> 「日本の政治家って、今までの歴史の中で…」
これは一見フェアな一般論ですが、
* 過去の政治家の不祥事・無責任
* 日本政治全体の構造問題
を持ち出したうえで、
> 「だからあなたはどう責任を取るんですか?」
と高市個人に直接適用しています。
これは論理的には
合成の誤謬(composition fallacy)。
「日本政治全体に問題がある」
⟹「今この人も同じ問題を抱えているはず」
という、証明されていない飛躍です。
④「失礼ですが」という免罪符トリック
太田は何度も
> 「大変失礼ながら」
と繰り返しますが、これは詭弁の定番テクニック。
失礼であることを自覚している
⟹ だから許される/誠実である
という擬似的な誠実アピールです。
実際には、
質問の構造自体は変わらない
攻撃性だけが温存される
👉 「自分は悪意じゃない」という逃げ道を確保しつつ、相手だけを縛る構造。
まとめ:太田の詭弁の正体
太田光が使った引っ掛けは、
1. 仮定を前提化する負荷質問
2. 曖昧語(責任)による言質誘導
3. 一般論を個人に押し付ける飛躍
4. 「失礼ですが」で攻撃性を中和する演出
これらを重ねた
👉 「答えた瞬間に政治的に不利になる質問」でした。
だから高市は、
内容以前に
質問構造そのものを拒否した
その反応が「なんか意地悪やなあ」に凝縮されている、というわけです。
感情的なキレではなく、構造的に罠だと察知した防御反応と見る方が、論理的には一番スッキリします。
このAIの理論に論理的反論ができない
太田が悪質なのは高市がはぐらかして答えた後もしつこくこの答えようのない回答を求めたこと
そら感情的になるわ
どんだけ失言引き出したんだよ
他人を陥れようとばかり考えてんだろコイツ

結論ありきの問いかけだからだろ。AIの指摘通り論理の飛躍論法が含まれてると、まともに答えるほど泥沼にハマる。高市氏はそれを察していなす事に徹してたんだろうな




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